雨のち曇りそして晴れー第二話ーー曇りのち晴れーー10

 

 「どうしようか?」

 康二は恐る恐る希に聞いた。

 こんな事を女性に聞く方も聞く方だが、実際、普通の女の子は、こんな事をされたら、怒っていても仕方が無い。いや、普通は怒るだろう。
 実際、裕介のお使いという目的が無くなってしまった康二には、こう言った場合の対処を、どうしたら良いのか、正直わからなかったのだ。

 もちろん、希も、そんな事を言われてもどうしたら良いのかわからない。希の中では、こんな事で怒るつもりは毛頭無かったが、それよりも、康二を意識させられてしまった事に戸惑っていたのだ。

 二人の間に、また微妙な空気が流れた……

 「とりあえず」

 「とりあえず」

 二人が同時に口を開いた。

 「あっごめん。どうぞ」

 康二が慌てて言った。

 「いえいえ、康二さんから」

 希が笑いながら言った。

 「いや。やっぱりここは希ちゃんから。裕介さんの悪ノリに巻き込まれたんだから」

 「そうですか?じゃ…………」

 希は、少し溜めてから、

 「せっかくだから、お店見て回りません?」

 希が明るく笑って言った。

 「良いの?」

 康二は思わず聞き返した。こんな騙し討ちみたいな事、希が怒りだしても仕方がないと思っていたからだ。何よりも、希が怒っていない事に安堵した。

 「もちろんですよ」

 希が笑顔で返した。

 「良かった。希ちゃんが怒ったらどうしようかと思ってた」

 「そんな、怒るわけないですよ。それに康二さんに色々教えてもらいながら見て回ったら、面白いし」

 希が言った。希自身、今日は、色々新鮮な事ばかりで楽しかった。もっと、康二と話したい、康二の事を知りたいと思った。

 「そっか、安心したぁ」

 康二は、安堵した表情を見せた。

 「怒って、帰るって言ったらどうしようかと思ってた」

 「そんなこと言うわけないじゃ無いですか」

 希は、笑って答えた。

 「いや、マジで……あの人、こう言う事あるからさ、慣れないと怒ってもしょうがないなって」

 康二は、希が怒っていない事が、本当に嬉しかった。
 それは、自分の仲間がしでかした事を、受け入れてくれていると思えたからだ。自分はどう思われてもいいが、仲間の事を悪く思われるのが嫌だった。
 康二は、希の優しさが嬉しかったのだ。康二も希の事をもっと知りたいと思った。

 「それで、康二さんは何を言おうとしたんですか?」

 希は康二に聞いた。希としても、康二がどうしたいのかを聞きたかったのだろう。

 「僕?」

 「はい」

 希は期待した顔を康二に向けている。

 「僕は……」

 「はい」

 「僕はね……」

 「はい……」

 康二もたっぷりと溜めて、

 「僕も……希ちゃんと同じ事を言おうとした。もちろん嫌じゃ無かったらだったけど……」

 「やっぱり!」

 希の顔が一際明るくなった。

 「え!」

 康二は希の反応に驚いた。

 「そんな気がしたんですよねぇ」

 希は、無邪気に言った。しかし急に真顔になって言った。

 「だけど、さっきのは溜めすぎですよ。あんまりやり過ぎると面白くないです」

 「あっ!」

 「あそこまで溜めちゃうと、期待値上がりすぎちゃいますからね。私も、いろいろと期待しちゃいますよ……あっ!すいません」

 希は、慌てて言いかけていた事を止めた。しかし、鈍感な康二は全くそんな事には気が付いてなく、

 「そっかぁ、溜めすぎかぁ。なかなか難しいもんだね」

 的外れな所に感心していた。こういう所が康二らしいと言えば、らしいのだが……

 何だろうな……この人と話していると、ホッとする……

 希はそんな康二を見て、心地良い安心感を覚えていた。気取るわけでもなく、自然体で接してくれる康二といる事が心地良く感じていた。

 「行きましょ!いろいろ教えて下さい」

 希は、康二に言った。

 「うん、行こうか」

 康二と希は、二人並んで店に入って行った。

 「やっぱり凄いですねぇ。色んな物売ってますね。私、ここに来たの二度目なんですよ」

 店内は、バイク用品が綺麗にディスプレイされている。バイク乗り達が思い思いに商品を手に取り選んでいた。

 「そうなの?あんまり来ないの?」

 康二は聞いた。

 「そうなんですよ。バイクの免許を取る前に、ヘルメットとグローブと靴を買いに友達に連れてきてもらいました」

 「そっか。必要最低限の3点セットだね。それ以外では来なかったの?」

 「はい。どうしても私一人だと何にもわからないし、入りずらくて……」

 希は、申し訳なさそうに言った。

 「なるほどね」

 確かに初心者で、ましてや女の子一人だと入りずらいだろうな……

 「一緒に来てくれる人はいなかったの?」

 康二は聞いた。希がバイクに乗るきっかけを与えた人がいるだろうと思ったのだ。

 「先輩とか、4年生だったから結構忙しくて……同級生には、私の周りにはバイクに乗っている人がいなかったから……」

 「ふーん。そっか」

 康二はそう思った。

 そう考えると、僕は恵まれているな……

 康二は、兄の康一にバイクの楽しい事も辛い事も教わった。
 康一以外にも色々と気に掛けてくれるバイク乗りが沢山いから、康一や裕介の側にいれば、自然とバイクの知識が増えて行き、話を聞いているだけで、バイクが大好きになっていった。

 逆に希は、別にバイクに興味があるわけではなく、普通の女の子だったのだろう。
 ただ、憧れの先輩がバイクに乗っていただけ、先輩に近づきたいという、至極、年頃の女の子らしい理由だけで、バイクに乗り始めただけだ。

 バイクが好きで乗っていると言うわけでは無いのが、あの半年放置されていたバイクを見れば容易に想像が出来る。
 それに、バイクが好きならば、最近は女性向けのバイク雑誌もあるし、雑誌でも、ネットでも容易に情報を得る事ができたはずだ。だが、残念な事に、せっかくバイクに乗り始めても、バイクの事を教えてくれる人も身近にいないし、自ら情報を得ようともしない普通の女の子だったのだ。

 本当に何にも教えてもらわなかったんだ……バイクが、ああなるのもわかるな……

 言い方は悪いが、憧れの先輩に近づけるのならば、別にバイクでは無くても良かったわけだ。

 せっかくバイクに乗り始めたのに勿体無い……

 バイクが大好きな康二としては、せっかくバイクを知る事が出来た希には、バイクの楽しさを知ってもらいたいと思った。
 その上で、もう一度自分が乗るか降りるかを考えれば良い。
 だけど、何にも知らないまま、バイクに対する印象が良く無いままで、バイクを降りるのは勿体無いし寂しいと思っていた。

 それじゃ、悲しいよ……

 

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雨のち曇りそして晴れー第二話ーー曇りのち晴れーー09 

 

 「よう!」

 康二に一人の男が声をかけてきた。見た感じ40代と言った所で、明るく気持ちの良い笑顔を見せていた。康二は軽く挨拶を交わした。

 「どうしたんだ?今日は雄介さんのCBで来たのか?それも女の子乗っけて。デート?」

 男が揶揄うように康二に言った。康二は慌てて

 「いやいやいや、今日は、雄介さんのお使いで来たんだよ。バイクのパーツ買いに。それにそんなこと言ったら彼女に悪いよ」

 康二は、必死に弁解をした。希は顔を赤くして俯いていた。その二人の姿を見て、

 「ふーん、なんか良い感じに見えたんだけどな」

 と、ニヤニヤしながら言った。

 「いやいやいや、そんなんじゃないって!年も離れてるし」

 本当にあの店の客は、誰の影響だか、悪ノリするから……

 康二は、そう思っていた。

 「それにしても、相変わらずこのCB、綺麗に乗ってるよなぁ」

 「うん」

 「雄介さんはお前にしか、このCB乗せないからな。俺らにしてみたら羨ましくてしょうがないよ」

 「そう?そんなこと考えた事も無かったな。長い付き合いだからじゃない?」

 「それだけじゃないと思うけどな」

 男はニヤリと笑うと

 「あんま、邪魔しちゃうと彼女に悪いから行くわ」

 そう言うと、自分のバイクの元に歩いて行った。

 「そんなんじゃ無いって!ほんとにしょうがねえなぁ。ごめんね希ちゃん。嫌な気分にさせちゃった?」

 「いえ、大丈夫です」

 希の顔はまだ赤い。

 「あの人は、オヤジさんの所の常連さんでさ。顔見知りなんだ。あの店の人達は、みんな悪ノリが凄いからさ、びっくりしちゃったよね」

 「全然大丈夫です」

 希は、顔が赤いまま答えた。

 あんなふうに言われちゃうと、意識しちゃうじゃない……

 希はそう思ったら、また顔が赤くなった。

 「大丈夫?なんか顔が赤いけど?暑い?」

 「いえっ!大丈夫です!」

 希も、あまり男性と話した経験が無かったのだった……

 「そう?」

 康二もそんな希に気がつく程、気が利くような男では無かったのだった……

 「さてと、何を買えば良いのかな。リュック開けてくれる?」

 「はい」

 希は急いでリュックを開けると、中には一枚の紙切れが入っているだけだった。

 「財布入ってないじゃん。入れ忘れたな」

 康二はそう言いながら、紙切れを広げると、

 「…………やられた」

 そう言うと、頭を抱えた。

 「何が書いてあるんですか?」

 と言いながら、希も覗くと、また顔が赤くなった。

 紙切れには

 〈デート楽しんできてね〜〉

 と一言だけ、書かれていた……

 「あの人は、ほんとにもう……」

 康二は頭を抱えて呟いた。希の様子を伺うと、顔を赤くして俯いていた。

 まいったなぁ。これじゃ嫌でも意識しちゃうよ……

 実は希も康二と同じような気持ちだった。康二に対して、今までまるで意識をしていなかったらこそ、康二の後ろに乗る事も出来た。
 意識してしまった今となっては、身体を密着させるバイクのタンデムの事を思い出すと、恥ずかしくて仕方が無かった。

 別に希は康二の事は嫌いでは無い。どちらかと言うと、優しくて面倒見の良いお兄さんという感じで好意的に見ていた。しかし、それは恋愛感情とは全く違う。それ以前に昨日知り合ったばかりで、そんな感情を持つ事は、一目惚れでもない限りあるはずもない。

 康二も全く同じだった。ただ、昨日雨の中、立ち往生していたバイク乗りに声をかけただけだ。そもそも、鈍感な康二は、声をかけたバイク乗りが、女の子だという事にも気がついていなかったのだ。下心なぞあろうはずがない。

 康二にしてみれば、たまたま声をかけたバイク乗りが、たまたま女の子だったというだけでしかない。

 二人の間に微妙な空気が流れていた……

 「まいったなぁ」

 康二は、重い口を開いた。

 康二自身、女性との付き合いは苦手な部類に入る。
 もちろん、それなりのルックスをしている康二は、女性とお付き合いをしていた事もあるが、いかんせん話が合わない。それもそうだろう。大概の女性はバイクは、汚い、危ない、うるさい、物でしかないのだ。
 多少なりともバイクに興味がある女の子は一度は乗ってみたいと康二にリクエストをするが、大抵は一度のツーリングで、二度と乗せて欲しいと言わなくなる。
 夏は暑い、冬は寒い、話も出来ない。ましてや、昨日、裕介が希に話した、女性の楽しみである身だしなみが全て無駄になってしまうのだ。
 興味の無い女性にとっては、面白くも何とも無いのだ。

 康二にとっても女性を後ろに乗せるというのは、極力避けたい事でもある。
 何よりも気を遣う。休憩も多めに取らなければならないし、女性との会話が苦手な康二にとって、信号待ちの度に、後席に声をかけるのは苦痛以外の何物でもない。そんな事を気にしていないという人も中にはいるだろう。しかし、康二は人一倍、人に気を使う|性格《タチ》なのだ。
 少なくとも一人でバイクに乗る時は、そんな事を考えなくても済むし、そんな煩わしさを持って、大好きなバイクに乗りたいとも思っていない。だから、気を使わなければいけない女性とのタンデムツーリングは、康二にとっては、楽しくないので嫌なのだ。

 そういえば、希ちゃんを乗せた時は嫌じゃ無かったな……

 康二はふと思った。
 それは、希がバイクに乗っているという事が関係していたのかもしれない。希がバイクに乗っているから、康二もあまり気負わずに乗せられた。この感覚は、康二にとってはかなり大きい。

 だが、それ以前に、女性として意識していなかった方が大きいかもしれないが……

 年齢も康二より一回りも下の希に、そんな意識を康二は全く思っていなかった。

 

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雨のち曇りそして晴れー第二話ーー曇りのち晴れーー08

 

 康二たちは、休日の昼下がりと言うこともあり、渋滞に捕まる事もなく、順調に走ることが出来ていた。この幹線道路は、平日ともなると渋滞が多く、道幅も狭い為、すり抜けもそれなりに気を使うし、気持ち良く走ることが出来ない。

 やっぱ、休日のこの時間は車が少なくて良い。

 康二は機嫌良く、裕介のCBを運転していた。

 流石、裕介さんのCBだね。めちゃくちゃ調子良い。

 康二は、裕介のCBの状態の良さに感心していた。

 このCBは生産が終わってから40年も経っているのだ。これは、いわゆる旧車に乗っているオーナー共通の悩みではあるが、パーツの入手もなかなか難しくなってきている。そんな旧車乗りには厳しい状況でも、ここまで良いコンディションを保っている裕介には素直に尊敬するしかない。性格は別にしても……

 あの人、バイクにだけは真面目なんだよなぁ……

 気持ち良く、裕介のCBを走らせている康二の後ろで、希は改めて康二の運転テクニックに驚いていた。何よりも運転がスムースなのだ。後ろに乗っている人間に不安を感じさせない安心感のある運転。これは、あまりバイクの経験が無い希でも、康二の運転が上手いというのが分かった。希自身、他の人のタンデムシートに乗った事はある。しかし、どこか、ぎこちなさを感じたり、ブレーキの度に、ショックを感じたりして、あまり快適と言える物ではなかった。しかし、康二の運転は明らかに違ったのだ。正に、タンデムシートに乗っていてもバイクの気持ち良さを味わえる。このまま海にでも行きたいとさえ思えた。

 信号が赤に変わり、康二は希に声をかけた。

 「大丈夫?」

 「大丈夫です。すっごく気持ち良いです」

 「そっか。もうちょっとだからね」

 「はい」

 希が楽しそうで、康二は内心ほっとしていた。それというのも裕介の悪ノリとも言える強引さに慣れていない希が嫌な思いをしていないか心配だったのだ。

 これ一歩間違えるとパワハラだもんな。

 一応、会社員である康二は、正直そう思っていたのだ。しかし、実は、裕介の悪巧みはこれだけでは無いのだが、二人は知る由も無かった。

 信号が青に変わり、康二は、またスムースにCBを発進させた。

 しばらく走ると、目的のバイク用品量販店の看板が見えてきた。康二は、シフトダウンをしながら、ゆっくりと減速をしてCBを駐輪場に入れた。休日という事もあって、駐輪場には色とりどりのバイクが並んでいた。皆、思い思いにバイク仲間同士談笑をしている。その中を康二は、空きスペースを探すために徐行していた。談笑していたバイク乗り達は、皆CBを目で追っていた。

 いつもの事だが、旧車に乗っていると目立つ。特に、裕介のCBは赤と白のカラーリングもそうだが、750でも900でもなく、1年しか生産されていない1100だ。希少性もあって、バイク好きは、どうしても注目してしまう。但し、康二はそう言うのは苦手だった。

 空きスペースを見つけ、康二はCBをそこに止めると、一ふかししてエンジンを切った。このエンジンを切る前の一ふかしは、康二の癖みたいなもので、雄介も遥子もエンジンを切る時にやる。本来はキャブレターのバイク時代の名残でプラグが被らない為などとは言われていたが、インジェクションである現行車では意味が無い。これは、キャブレター車に乗っている旧車乗りの癖なのだ。

 「お疲れ様」

 バイクを降りた康二はヘルメットを脱ぎながら希に言った。

 「全然疲れて無いですよ。康二さんの運転がすごく上手だったから、もっと乗っていたかったです」

 ヘルメットを脱いだ希は笑顔で答えた。

 「そんな上手くないよ。長く乗っていればみんなこうなるって」

 康二は、少し照れて答えた。

 「それに、さっきエンジン切る時もフォンッ!てふかしたじゃないですか!あれもめちゃかっこいいです!」

 「いやいやいや、あれも癖みたいな物だから……」

 希にしたら、全てが新鮮だったのだろう。すごく楽しそうだ。

 「それにしても、凄いですね」

 希は感心したように言った。

 「何が?」

 「みんな雄介さんのバイクが気になるみたい」

 「旧いバイクだからね。珍しいんじゃない?」

 康二は自慢するでもなく、そっけなく答えた。

 実際、康二にしても雄介にしても遥子にしても、自分達が旧車と言われるバイクに乗っている意識は全く無かった。旧いバイクとはいえ、コレクションのように扱うわけでもなく、普段使いに使っている。もちろん、旧い分、気を使う所は多々あるし、メンテナンスも楽では無い。ただ自分達が好きで乗っているバイクなだけなのだ。
 よく、バイク乗りに「凄いですね」とか「メンテナンス大変でしょう?」と聞かれる事はあるが、3人は揃えて「全然」と答える。3人にとっては、当たり前の事をしているだけで、感覚的には最新の現行車に乗っているのと変わらないのだ。

 「そうなんですか?」

 確かにバイクに乗っているとはいえ、あまり詳しくはない希には、このCBの価値なんかはわからないのだろう。それが、康二には心地良かったのかもしれない。実際、毎回、バイク乗りに注目されるのにうんざりしていたのだ。3人にとってどんなバイクだってバイクには変わらないのだ。だから特別扱いはしてもらいたくは無いし、特別扱いもしない。希のこのナチュラルな反応が新鮮で嬉しいのだ。

 

 

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雨のち曇りそして晴れー第二話ーー曇りのち晴れーー07

 

 相変わらず綺麗にしてる……

 康二は裕介の愛車をしみじみと眺めて思った。

 裕介の愛車はHONDA CB1100F。1983年に1年だけ製造されたモデルだ。CB1100Rの並列4気筒エンジンを積み、CB900Fの後継となるが、その後エンジンの水冷化が進み、最後のCB-Fとなる。
 HONDAのCBと言えば、某コミックで大人気となった、CB750Fが代名詞となっているが、当時、どういう訳か、日本国内販売では、750ccまでという制約があった為に欧米では、900ccのCB900Fが販売されていた。
 裕介自身、限定解除に受かった当初は、コミック誌の主人公に憧れてCB750Fを探していたのだが、当時、生産が終了してから10年以上経っても、コミックの影響からか値段が高騰しており、それならばと、どうせだったらデカいのが良いなと言う、実に裕介らしい理由で、並行輸入で日本に入って来ていた、ヨーロッパ仕様のCB1100Fを手に入れた。
 決して1100Fが750Fに比べて安かったと言う事はなく、逆に1年しか生産されていないこともあり、値段は遥かに高く取引をされていたのだが、750Fを踏襲したデザインに加え、CB1100Rと同じエンジン、赤と白の特別なカラーリングに惚れ込んでの事だった。
 裕介が手に入れた時点で、すでに10年以上経った個体ではあったが、丁寧に整備を続け、既に生産が終わってから40年以上経っても元気一杯に走っている。赤と白のボディカラーは、裕介によく似合っており、裕介の代名詞となっていた。

 康二は、裕介から預かったキーを差し込み、セルを回した。

 キュルルルル ヴォン ドォルルル

 一発でエンジンに火が入った。大排気量車特有の、低く重たい音が腹から響いてくる。

 良い音だな……

 康二は思った。

 裕介のCBは、吸排気系は基よりサスペンションなども含めて、細かいところまで手が加えられているのだが、如何にもなカスタム然はしておらず、オリジナルを活かした、品の良いカスタムが施されている。こう言ったところも裕介らしいと言えばらしいと言えた。康二はそんな裕介のCBが大好きだった。

 軽く暖気をしながら康二は裕介に言った。

 「やっぱり、裕介さんのCB良いね!」

 裕介は、愛車を褒められニヤリと笑った。

 「だろ?俺の自慢だかんな」

 裕介は康二に簡単に、この「自慢の愛車」を貸したが、もちろん、誰にでも貸すわけでは無い。康二だから貸したのだ。誰よりも丁寧にバイクを扱う事が出来る康二に絶大な信頼を置いているからこそ「自慢の愛車」を託す事が出来るのだ。

 康二はヘルメットを被り、CBに跨った。

 やっぱりしっくりくるな。

 康二と裕介は背格好が似ている分、ポジションの好みも似た傾向にあった。もちろん、ポジションにもカスタムが施されているのだが、極端な前傾姿勢を取るような物ではなく、長時間乗っていても、疲れないようなポジションになっている。若い頃は、低いハンドルにバックステップと言うカスタムがされていたのだが、もう若くは無いと言う理由で、今のポジションに落ち着いた。

 「さ、希ちゃん乗って」

 裕介は、タンデムステップを出して希に言った。

 「はい」

 希は、恐る恐るタンデムシートに座った。

 すごい……

 希は今まで大型車に接した事がないわけでは無い。先輩もドゥカティに乗っている。しかし、40年も前の空冷車を間近にするのは初めてだった。
 空冷独特のメカニカルノイズと、カスタムされている吸排気系からの、しかし決して大き過ぎない品のある迫力あるサウンド。それこそ、身体全体にバイクを感じる事ができる、心地良い振動。全てが初めての経験だった。

 「ちゃんと、しっかりと康二にくっついてね」

 裕介はそう言うと、含みのある笑顔を見せた。もちろん、その含みのある笑顔を遥子は見逃すはずも無い。

 コイツは、全く……

 「じゃ、康二頼むな」

 「了解!希ちゃん良いかな?」

 「は、はい」

 「じゃ、行こうかね」

 そう言うと、康二は軽くアクセルを開くと、希が乗っている事を考えて優しくクラッチを繋いだ。そんな康二に答えるかのようにCBはスムーズ動き出した。

 「行ってらっしゃーい」

 裕介と遥子は出発した二人を見送ると、遥子は裕介に言った。

 「お前、仕組んだな?」

 「何の話?」

 裕介はとぼけていた。

 「お前が、パーツの注文忘れるわけねぇんだよ。私を舐めんなよ」

 「お前には、隠し事出来ねぇな」

 裕介は笑って答えた。

 「当たり前だろ。何年の付き合いだよ」

 「ちょっと、二人に仲良くなって貰おうと思ってな。名付けて康二と希ちゃん仲良し大作戦!」

 裕介は得意げに言った。遥子は呆れ果て、

 「そんな事だろうと思ったよ……自慢の愛車まで引っ張り出して……」

 「良い作戦だろ?」

 裕介は、自慢げに言った。

 「まあ、裕介にしてはな……」

 「何だよそれ」

 裕介は不満げに言った。

 「お前さ、希ちゃんと康二クンいくつ離れてると思ってるんだ?」

 遥子は、至極当たり前の事を言った。普通に考えても、10も歳が離れていたら、恋愛対象にはならないだろう。

 「それもそうだけどよ……」

 裕介は少し自信が無くなってきた。

 「それに、あの康二クンだぞ?お前と違って歳の離れた女の子と上手くいくと思う?」

 裕介は、ますます自信が無くなってきた。

 「それ言われちゃうとなぁ……康二だもんなぁ……」

 「そうだよ。康二クンだもん……」

 変な所で、二人の意見が合った。

 「まあ、きっかけにでもなれば良いんじゃない?その後はあの二人次第。これ以上は首突っ込むなよ」

 遥子は裕介に釘を刺した。

 こうでも言っておかないと、コイツ、また余計な事するからな……

 

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雨のち曇りそして晴れー第二話ーー曇りのち晴れーー06

 

「ほんと可愛かったなぁ。康二クン」

 遥子は、当時を懐かしみながら、しみじみと言った。

 「それから、ちょいちょい塾帰りに遊びに来るようになってね。私も裕介も兄弟がいないからさ、弟が出来たみたいで嬉しかったんだよね」

 希は、楽しそうに話していながらも、時折、遥子が寂しそうな顔をしていることに気が付いた。

 だから、3人はあんなに仲が良いんだ……大切な人を失ったって言う、同じ悲しみを持ってるから……

 希は、昨日の康二の寂しそうな顔を思い出していた。

 康二さんもこんな顔をしてた……

 ピロン

 突然、遥子のスマホが鳴った。遥子はスマホを見ると、

 「おっ裕介からだ。何々?希ちゃん!」

 「はい!?」

 「康二が来たってさ。あっちに行こ!灯ちゃん、あとよろしく!」

 「はーい!」

 遥子はアルバイトの灯に声をかけると、エプロンを脱いで、カウンターから出ると、希を促した。

 「さ、行こ行こ」

 そう言うと二人は店を出て行った。


 「来たよー。あれ?康二クンは?」

 明るく声をかけて遥子が入って来た。

 「康二は奥にいるよ。親父と話してる」

 裕介は店の奥を指差しながら言った。

 「ところで、肝心の希ちゃんは?」

 「えっ?」

 遥子は慌てて店の外を見ると、希が店に入るのを戸惑っている様子だった。

 「どうしたの?早く入りなよ」

 遥子は、希に声をかけた。すると

 「なんか、ちょっと、改めてだと……なんか入りずらいっていうか……」

 希は、ちょっと顔を赤くして、照れながら言った。思い切って、ここまでは来たのは良いが、改めてとなると、ちょっと気まずい思いが強くなってしまっていた。ましてや、ここの人達は、康二を意識させるような事ばかりを言うから、希も過剰に意識してしまっていた。

 遥子は、そんな希を見てニヤリと笑って、

 「何を今更言ってんの。入りなよ」

 と背中を押して、店内に入った。

 希は、遥子に背中を押されておずおずと店に入って来ると、裕介が笑いながら声をかけた。

 「お待ちかねの康二が来たよ」

 「は、はい……」

 そう言うと、希は俯いてしまった。それを見た裕介は、ニヤリと笑い、奥にいた康二に声をかけた。

 「康二!希ちゃんが来たよ!」

 呼ばれた康二が、奥からオヤジさんと一緒に出てくると、希に優しく声をかけた。

 「こんにちわ!」

 そう言われた希は、ますます顔を赤くして、ぺこりと頭を下げると、

 「あ、あの……昨日、お返しするのを忘れてしまった免許証……お返ししなきゃと思って……」

 「ありがとう!僕が昨日言うの忘れちゃってたから、ごめんね」

 「いえ、そんな……」

 この二人のやり取りを見ていた裕介と遥子は、ますますニヤニヤしている。

 「お前ら、悪人の顔してるぞ」

 オヤジさんが二人を見て、呆れて呟いた。

 「わざわざ、この為だけに来てくれたんだぞ、康二」

 裕介が殊更大袈裟に康二に言った。

 「本当に?いつでも良かったのに……わざわざ来てくれたんだ?本当にごめんね」

 「いえ、免許なかったら困るだろうなって思って……」

 そう言うと、希は、康二に免許を差し出した。

 「ありがとう」

 康二は、免許を受け取ると、希にお礼を言った。すると、ここぞとばかりに裕介が二人に割り込み、

 「さて、無事、免許も戻って来た事だし、康二にはお使いに行ってもらおうかな」

 「おつかい?」

 「そう、ちょっと注文し忘れたものあってさ。納車に間に合わねぇんだわ。だから、ちらっと量販店で買って来て欲しいんだ」

 オヤジさんと遥子は、かなり無理のある言い訳を言った裕介を見て、呆れた顔をしていたが、当の康二は全く気が付かずにいた。

 やっぱり、こう言うところは、抜けてるのよねぇ……普通、不自然だってわかるでしょうに……それにしても裕介の奴、何企んでるんだか……

 遥子は、抜けている康二と悪巧みをしている裕介に呆れていた。

 「しょうがねぇな。いいよ。軽トラで行ってくるよ」

 裕介は無言で首を振り、康二にヘルメットとバイクのキーを渡した。

 「俺のCB子ちゃんで言ってくんねぇかな。最近乗ってやれてないから」

 「えー。軽トラの方が楽じゃん」

 康二が文句を言った。

 「良いじゃん、せっかく雨も降ってないんだし、二人でドライブがてら、な」

 と言いながら、裕介は、希にもヘルメットとリュックを渡した。

 「え?私もですか?」

 希は驚いて言った。それもそうだろう、突然話を振られたんだから。

 「うん。もちろん」

 裕介はニコニコとしながら答えた。

 なんか、変だなと思ったんだよな……店の前にCB出てたし……

 いくら抜けている康二でも、何か気が付いてはいたようだ。それにしても、まさかこう来るとは思ってもいなかったようだ。

 それにしても、何企んでるんだ?

 康二は、とりあえず、裕介の悪だくみを警戒していた。こう言う時の裕介は油断がならない事を経験で知っていたからだ。

 そんな康二の事なぞお構い無しに裕介は言った。

 「さ、頼むよ。リュックの中にお金と、買って来てもらいたい物のメモが入ってるから」

 裕介は、希の事もお構い無しに話を勝手に進めている。

 康二は、観念して、

 「しょうがないな……良いかな?希ちゃん」

 康二は希に聞くと、希は顔を赤くしながら

 「はい」

 と小さく頷いた。

 

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雨のち曇りそして晴れー第二話ーー曇りのち晴れーー05

 

「それがこのチーズケーキの原点の誕生秘話ってわけ。その後、色々改良を重ねて今に至るって感じかな」

 遥子は、笑いながら希に言った。

 「へぇ、なんか良い話ですね」

 希は笑顔で言った。

 「それからかな、3人でいろんな所に遊びに行くようになったのは……いつもコウちゃんの後ろに乗って……」

 遥子は懐かしそうに言った。希は遥子の思い出話を楽しそうに聞いていた。

 「そうそう、康二クンと初めて会ったのは、まだ康二クンが小学生だった頃。可愛かったよ〜」

 「小学生の康二さんって想像つかないです」

 希は、笑いながら言った。

 「コウちゃんと康二クンは、歳が離れててね。そのせいか、コウちゃんは康二クンの事すごく可愛がってたんだ」

 「へぇ」

 「康二クンもコウちゃんの事大好きで、いつもくっ付いて歩いてた。だけど、コウちゃんは両親とうまくいってなくってね。康二クンにも、コウちゃんから遠ざけようとしてたみたい……」

 「ひどい……」

 希は呟いた。希には兄弟が居ないが、当時まだ幼い康二の気持ちを考えると、いたたまれなかったのだ。

 「だよね。あんまり言いたくは無いんだけどさ、お父さんはエリートで仕事に夢中。お母さんは、お父さんみたいにエリートになりなさいって、まだ小学生の康二クンに、夜遅くまで進学塾に通わせててね。ひどいよね。遊びたい盛りなのに、一緒に遊ぶ友達も居なかったって……」

 だから、人に対して不器用なんだ……

 希はそう思った。康二の不器用な優しさ、人の良さは、昨日の一件からもよく分かっていた。それが、子供の頃の、寂しい経験から来る物だとしたら、あまりにも悲しい……誰よりも優しいのに、どうやって、人と接したら良いのか分からないのだ。

 「夜遅くにね、康二クンが隣にコウちゃんを尋ねて来たのよ。コウちゃん、隣に入り浸りだったし、居場所が無い家に帰りたく無かったみたいだったしね。だから、康二クンもコウちゃんに会う為には、ここに来るしか無かったんだと思う。一生懸命、住所を調べてね。コウちゃんに会う為に……まだ小学生なのに……」

 

 「住所だとこの辺なんだけど……」

 小さな身体に似つかわしくない、大きなカバンを背負った康二が、拙い文字で書かれたメモを頼りに歩いていた。夜道を一人で歩くのは、小学生では、かなり勇気のいる事であったのだが、普段、なかなか会うことが出来ない兄の康一にどうしても会いたかったのだ。

 辺りの商店は、もう既に店を閉めてしまっている。人通りも無く、康二はますます不安になった。駅から後藤オートまで、大人の足で10分弱かかる。子供の足で、夜道なら、倍以上はかかるだろう。

 「やっぱり帰ろうかな……あまり遅くなると怒られるし……」

 康二は半ば、心が折れかけていた。そう思いながら、俯きトボトボと歩いていた康二が顔を開けると、一件、明かりが点いている店が見えた。
 
 康二は、明かりに引かれるように、その店に向かった。
 
 店の前には、色とりどりのバイクが並んでいた。その中には、見慣れた康一のバイクもあった。

 「ここだ!」

 康二は、勇気を振り絞り、店の中に入った。

 閉めていた店の引き扉が開いた音がすると、店の奥で談笑していた裕介が出てきた。

 「すんませーん。今日はもうおしまいなんですけど……ん?子供?何の用だ?」

 康二は、不安そうな顔で立っている。

 「あの……あの……」

 康二は、裕介が怖くて何も言えなかった。

 「何だ?こんな時間に?ここは遊び場じゃねぇぞ」

 裕介もそれなりにとんがっていた年齢である。見た目も話し方も、小学生の康二には怖くて仕方が無かったのだ。

 「あの……」

 「あのじゃわかんねえよ」

 「どうしたの?」

 店先の騒ぎに気が付いた、遥子と康一が店の奥から出てきた。康二は康一を見つけると、一気に顔が明るくなって、

 「お兄ちゃん!」

 「お兄ちゃん?」

 遥子と裕介は驚いて康一を見た。

 「康二!お前、何でこんなとこまで……」

 と驚いた康一が言い終わる前に、康二が康一に抱きついてきた。今まで不安だったのだろう。目から大粒の涙が溢れていた。康一が優しく、康二に言った。

 「泣いてちゃわかんねえよ。どうしたんだ?」


 店のパイプ椅子に座った康二が、ホットミルクを飲んでいた。遥子が落ち着かせる為に入れてくれた物だ。康二が落ち着いたのを見計らって康一が聞いた。

 「どうしたんだよ、急に。ここまで結構あるだろ?母さんには言ってきたのか?」

 康二は首を振った。

 「マジか?また、うるさく言われんぞ」

 「だってさ……」

 康二は今にも泣きそうに言った。

 「ま、いいや。俺が怒られてやるよ」
 
 康一は、康二に笑って言った。

 「ねえ、この子、弟?ちゃんと私たちに紹介してよ」

 遥子が康一に言った。その後ろで親父さんと裕介が興味深そうに覗いている。

 「あ、そうだったな。コイツは康二、俺の弟」

 「コウちゃんに弟なんていたんだねぇ。隠し子かと思ったよ」

 遥子が驚きながら言った。この歳で隠し子も何も無いとは思うが……

 「そんなわけねぇだろ!」

 裕介が、ツッコミもそこそこに、康二の顔をまじまじと見ながら言った。

 「よく見たら似てんな」

 「そうか?コウより頭良さそうだぞ」

 親父さんが感心しながら言った。

 「なんか、二人ともひどいこと言ってない?」

 康一は、二人の様子を見て言った。

 「そんなことねぇよな?」

 親父さんがそう言うと、裕介と遥子が頷いた。

 「ひでぇなぁ。紹介するよ康二、ミルク入れてくれたお姉さんが遥子。この、軽そうな奴が裕介、そいで、この怖そうなおじさんがオヤジさん」

 仕返しとばかりに、康一は皮肉を込めて康二に言った。

 「ちょ、軽そうって何だよ!」

 「怖そうって、俺は怖かねぇよ。子供に変なこと植え付けんなよ」

 裕介とオヤジさんは、口々に文句を言っている。康一は、全く意に介していない。

 お姉さんか……

 遥子だけは、ニヤついていた。

 「お姉さんって言われてニヤついてんじゃねえよ!遥子!」

 裕介は遥子を揶揄うように言った。

 「ニヤついてねぇ!」

 いつものように二人は言い合い始めた。

 「全くいつもいつも……うるせえよな」

 オヤジさんは康二に笑いながら言った。

 「いつもこんなんだから気にすんなよ」

 康一も康二に笑いながら言った。康二はも一緒に笑った。

 

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雨のち曇りそして晴れー第二話ーー曇りのち晴れーー04

第二話ーー曇りのち晴れーー04

 「とりあえず、一休みしなよ。せっかく持ってきたんだから、コーヒー冷めちゃうよ」

 「うん……」

 康一は、気の無い返事を返した。遥子は、段々とイライラしてきた。裕介はそんな遥子を見て慌てて康一に言った。

 「遥子怒らすと怖いぞ」

 康一は、はっと我に帰り、作業を中断してコーヒーを貰いに行った。

 「全く、集中するのは良いけどさ」

 遥子は、不満げに言った。

 「ごめんごめん」

 「康二は、基本、真面目だかんな」

 裕介は笑いながら言った。すると、オヤジさんが笑いながら言った。

 「オマエとは大違いだな」

 「あんたの息子なんだけどな」

 裕介は、負けずにオヤジさんに返した。

 「あんたら、似たもの親子だよ……」

 遥子は、呆れたように二人に言った。

 「違うわ!」

 「違うよ!」

 親子二人は同時に遥子に言い返した。康二は、そんなやり取りを笑いながら見ていた。

 「そうそう、これ食べてみて。お母さんに教えて貰って、初めて作ったんだ」

 と、遥子が言うと、テーブルの上にチーズケーキが置かれた。

 「形は悪いけどさ……」

 遥子は照れながら言った。

 「どれどれ」

 オヤジさんがチーズケーキを一口、口に入れると

 「うん、美味いよ。初めての割には良くできてる」

 裕介も一口食べると

 「うん、美味い、美味い」

 そう言いながら、パクついていた。それを遥子は嬉しそうに見ていた。

 康一は、一口、口に入れると、

 「うん、美味しい」

 と、言うと、コーヒーを一気に飲み干して、フォークを置いてしまった。

 「何だよ。お前食わねぇの?なら、俺が貰う」

 と、裕介が言って、康一の残したケーキを平らげてしまった。

 「口に合わなかった?」

 康一の様子が気になった遥子は、康一に聞いた。

 「美味しかったよ」

 康一は、笑って誤魔化しながら遥子に言った。

 「だけど、残したじゃん……」

 遥子は、少し悲しかった。

 初めて作ったのだから、美味しく無いのはわかっているけど、残す事ないじゃん……

 裕介は、少し落ち込んでいる遥子に、誤解を解く為に説明をした。

 「違うんだよ。コウは、甘い物苦手なの。コイツ、ケーキとかそんなの食べられないんだよ」

 「ごめん、甘いもの食べると胸焼けしちゃうんだ……」

 康一も、せっかく作ってきてくれた遥子に申し訳ないと思い素直に謝った。

 「今度は、アンタも食べられるような奴作ってやる!」

 負けず嫌いな遥子は、康一に啖呵を切った。

 

 「あん時は悔しかったねぇ。絶対、美味いって言わせてやるって思ったよ」

 希は、笑っていたが、どこか寂しげに言った。

 「ですよね。せっかく作ったのに、残されるのはショックですよね……」

 自分にも思い当たるところがあったのかもしれない。

 「でしょ?それから、もう色々研究してね。何回試食させても、胸焼けがするって最後まで食べなかった……もう、諦めようかなって思ったんだよ。だけどね……」

 遥子は、笑顔を見せて言った。

 「やっぱり悔しいじゃん。だから、これで最後だと思って、自分が努力した物全部出そうと思って作ったの。そしたらさ……」

 「そしたら?」

 

 「康一は居る?今日こそは、残さず食べてもらうからね!」

 と言いながら遥子が、勢いよく後藤オートに入ってきた。

 「げっ……また来た……」

 バイクを整備していた康一は遥子の勢いに怯んで、裏から逃げ出そうとした。

 「逃がさないよ」

 遥子は、康一を捕まえると、椅子に無理矢理座らせると、目の前にチーズケーキを出した。

 「今日こそは食べてもらうから」

 「裕介〜オヤジさん〜」

 康一は、泣きそうな顔で二人に助けを求めたが、二人は遠くを見て、見て見ぬふりをしていた。

 この二人は……こう言う奴らだった……本当に似た者親子だよ……

 康一は、恨めしそうな顔で、裕介とオヤジさんを見ていた。

 「さ、食べて見て」

 遥子はグイグイ迫ってくる。

 「甘いもん、ダメだって言ったじゃん。胸焼けしちゃって、その後、何にも食べられなくなっちゃうんだよ」

 「わかってるよ。だからこれで最後にする。これでダメだったら、もう無理矢理食べさせないから」

 遥子は、泣きそうな顔で康一に言った。

 いつもと違うな……

 それは、康一だけでは無く、裕介や、オヤジさんも感じていた。

 「わかったよ。そんなに言うなら……これで最後な……食べられなくても怒るなよ」

 康一はそう言うと、フォークを手に取った。遥子は、固唾を飲んで見ている。いつの間にか裕介とオヤジさんも加わっていた。

 康一は、一口分をフォークに取ると、思い切って口に入れた。

 「…………」

 康一は、無表情で黙って食べている。

 「どう?」

 「どうだ?」

 「食えるか?」

 3人は、康一の様子が気になって仕方が無かった。

 「…………」

 康一は、まだ黙って食べている。

 「やっぱ、ダメか……」

 遥子は、康一の様子を見て、半ば諦めかけた……しかし、

 「…………美味いよ、これ」

 諦めていた遥子の顔が、弾けるように明るくなった。

 「うん、美味い。これなら食べられる」

 「よっしゃ!」

 遥子は思わずガッツポーズをした。

 「マジか?」

 「俺にも食わせてみろよ」

 裕介とオヤジさんも一口ずつ口に入れた。

 「おお、これ良いな」

 「おう、美味いな」

 「だろ?お前らの分もあるから、食べて、食べて」

 そう言うと、テーブルに裕介とオヤジさんの分も並べてコーヒーを入れ始めた。遥子の目には一筋の涙が……

 それを、見た裕介が、すかさず遥子をからかった。

 「なんだ?鬼の目にも涙か?」

 遥子は涙を拭いながら

 「鬼じゃねぇし。そんな事言うお前には食べさせてやらない」

 「ちょっと、待ってよ。悪かったって」

 康一は、そんなやり取りを見て笑いながら、チーズケーキを美味そうに食べていた。

 

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